導入:「透明の中を流れるもの」
100円ショップの棚に、ふと目を奪われるものがあった。
ケースもイヤホン本体も、すべて透けている。
中のバッテリー、ドライバー、基板までもが丸見え。
──ダイソーのスケルトン完全ワイヤレスイヤホン。

かつて“透明”はデザインの遊びだった。
けれど今は違う。
中身が見えるということは、嘘をつかない構造ということだ。
何を隠していて、何を見せているのか。
それは、技術そのものの「誠実さ」を映す鏡でもある。
Narita-Labでは今回、
この小さなイヤホンを実験装置 #002として扱う。
内部の構造だけでなく、
そこを流れる**電気の“呼吸”**をAinex KM-09で観察した。
電気が流れる音を、耳ではなく“数字”で聴く。
透明なボディの中に、どんな生命が宿っているのか。
その全貌を、ここに記していこう。
第1章:外観 ――中身が見えるデザイン哲学
最初に手に取ったとき、
思わず「これ、100均の製品でいいの?」と声に出した。
ケースもイヤホンも、すべてが透けている。
表面のクリア樹脂を通して、銀色のバッテリーセル、
小さなドライバー、そして基板上のチップまでが肉眼で確認できる。
まるで理科室の透明モデル――
構造が見える安心感と、設計の潔さが同居している。
透明というのは、不思議なデザインだ。
高級感とは真逆のはずなのに、
なぜか“本質”が見えるような気がする。
Nothing Ear(1)や初代iMac G3がそうだったように、
「見せる」という設計思想は、
機能を隠すデザインよりも勇気がいる。
ダイソーがこの価格帯でそれをやってのけたこと自体、
すでに挑戦だと言えるだろう。
イヤホン本体をよく見ると、
左右でわずかに樹脂の厚みが違う。
それでも気泡や歪みはなく、
射出成形の精度は思いのほか高い。
ヒンジ部分には小さな金属ピンが覗き、
マグネットでケースと吸着する構造。
シンプルだが、動作にムラがない。
**「見えるからこそ、手抜きできない設計」**になっている。
透明なケースに、LEDの白い光がゆっくりと灯る。
内部の回路に電気が流れ始めるその瞬間、
ただのプラスチックの塊が生命を持った機械に変わる。
この視覚的な瞬間こそ、
Narita-Labがこのイヤホンを“観察対象”とした理由だ。
続く第2章では、
この透明の奥にある構造と素材の小宇宙を覗いていく。
ダイソーがこの価格で、どこまで内部設計を詰めてきたのか。
その“中身”を、拡大レンズ越しに記録していこう。
第2章:構造観察 ――100均が作った小宇宙
スケルトンボディの最大の利点は、
「中身を開けなくても観察できる」ことだ。
つまり、分解せずに内部構造そのものを“透視”できる。

透明のハウジング越しに見えるのは、
銀色に輝くリチウムポリマーバッテリー。
おそらく容量は30〜40mAh程度。
左右それぞれ独立しており、
中央部の基板には小さなチップと、音声用の金属ドライバーが配置されている。
ドライバー径は目測で約10mm。
音の立ち上がりを重視した軽量ダイヤフラム系だろう。
ダイナミックドライバー特有の薄い銀の反射が樹脂越しにちらりと覗く。
中域から高域にかけて素直に抜ける“あの感じ”を予感させる構造だ。
さらに目を凝らすと、
音導管(サウンドノズル)の根元には極小のメッシュがあり、
防塵と音圧調整を両立させている。
この価格帯でここまで設計してあるのは、
もはや“趣味の領域”と呼んでいい。
ケース内部もまた興味深い。
透明の底面には、わずかに見える充電コイル。
左右のイヤホン収納部へ伸びる金属端子は、
真鍮メッキ仕上げで酸化しにくい仕様になっている。
基板のランドパターンには、
肉眼では判別できないほどの細い銅線が走っており、
**「安価な素材に宿る、工業デザインの知性」**を感じる。
この透明な空間の中で、電気は複雑な経路をたどりながらも、
きちんと“音”という最終形態に変換されている。
観察していて思うのは、
このイヤホンがただの「安い模倣品」ではないということだ。
透明というデザインのリスクを背負いながら、
それでも細部を丁寧に整えている。
ダイソーというブランドの中に、
**「見せることを前提とした設計思想」**が生まれ始めている。
このスケルトンTWSは、その転換点に立つ小さな証拠だ。
そして――
この内部を流れる“電気の呼吸”を、実際に数値で観測する時が来た。
次章ではAinex KM-09を接続し、
このイヤホンがどんなリズムで電気を吸い、吐き、
静かに目を閉じるのかを記録していく。
第3章:KM-09による電力観察 ――透明の中を流れる呼吸
観察装置 #001「Ainex KM-09」を、
Type-Cケーブルの間に静かに挟み込む。
透明なイヤホンケースの奥でLEDが淡く光り、
KM-09の液晶がそれに応えるように青く点いた。

画面には「5.03V/0.31A」の数字。
たったそれだけの情報なのに、
そこに確かな生命の気配を感じる。
時間が経つにつれて、数字はゆっくりと変化していく。
0.31A → 0.25A → 0.18A。
この下降は、バッテリーが充電を終えつつある証だ。
30分も経つ頃には 0.00A 近くまで落ち着き、
LEDも静かに消灯した。
**「呼吸が整う」**という表現が、これほど似合う現象も珍しい。
耳で聴く音の裏側では、
目に見えない電気がこんなにも律動している。
KM-09がその一部始終を翻訳してくれる。
この装置を通して観察すると、
電気は“単なるエネルギー”ではなく、
音や光を生み出す意思を持った粒子のように感じられる。
例えばXperiaでDSEE Ultimateを有効にしたまま再生すると、
電流値がわずかに上昇する。
それはアルゴリズムが動き、
音の輪郭を再構築している証拠だ。
数字が語る“音の裏側”を眺めるのは、
まるで電子の詩を読んでいるような感覚だ。
KM-09の表示は滑らかで、変化が自然だ。
電流の脈動をリアルタイムで捉えるその反応速度は、
この小さなスケルトンイヤホンの内部を
スローモーションで観察しているような心地を与える。
数字が安定するまでのわずかな時間、
Narita-Labの机上は、静かな実験室になる。
透明な樹脂の中で光り、消えるLED。
そのすぐ隣で淡く明滅するKM-09の液晶。
ふたつの“透明”が同じリズムで呼吸している。
ここまで観察してわかったのは、
ダイソーのスケルトンTWSは「見せる設計」だけでなく、
「見える動作」を持っているということだ。
電流値が落ちていく過程そのものが、
このイヤホンの“誠実さ”を物語っている。
次章では、その“流れる誠実さ”が
実際の音としてどう響くのか――
Narita-Lab恒常曲集を使って、
“透明の音”を耳で確かめていこう。
第4章:音質試聴 ――透明の音は、少し曇っていた
透明なイヤホンだからといって、
音まで透き通るとは限らない。
スケルトンTWSの第一印象は、
**「なんとなく曇っている」**という一言に尽きる。
中域が少しこもり、
高域も抜けきらない。
まるでプラスチックの箱の中で音が反響しているような印象だ。
試聴環境はいつも通り、Xperia 1 III+Poweramp+DSEE Ultimate。
恒常曲集で耳を慣らしていく。
『Plazma』(米津玄師)では、
低音の沈み込みが浅く、音場も狭い。
『勇者』(YOASOBI)ではボーカルが中央に寄りすぎて、
音の層が平面的に感じる。
『EM20=wunder operation=』(鷺巣詩郎)では、
広がりを作る高域が伸びず、立体感に乏しい。
音そのものは悪くない。
ただ、「優等生すぎる」というより“表情が薄い”のだ。
周波数全体を無難に鳴らすが、
感情のピークが見えてこない。
そして問題は装着感。
見た目の印象どおり、本体がやや大柄。
形状はAppleのEarPodsに近いが、
ステム部分の太さと角度が微妙に違い、
耳へのフィット感が安定しない。
軽く頭を動かすだけでずれそうになるし、
長時間の使用は少し怖い。
「落とすかもしれない」という不安が、
音に集中する邪魔をしてくる。
この“物理的な違和感”が、
結果として音の評価にも影響している気がする。
フィットが甘いと低域が逃げ、
曇った印象がさらに強調されてしまうのだ。
もしこのイヤホンを使うなら、
「ながら聴き」や「予備機」として割り切るのが良い。
透明なデザインを愛でるには最高だが、
“聴くための道具”としてはもう一歩。
だが、その“もう一歩足りない感じ”こそ、
100均ガジェットの魅力でもある。
完璧ではないけれど、
技術とデザインの挑戦が確かに詰まっている。
次章では、この曇りの向こうにある
「透明デザインの哲学」を掘り下げよう。
見せること、隠さないこと――
その背景にある人間の心理と美学を考えてみる。
第5章:透明デザインの哲学 ――隠さない技術の美学
“透明”というデザインは、どこか誠実だ。
中身を見せるという行為は、同時に**「ごまかせない」という覚悟**を意味する。
スケルトンイヤホンを見ていると、
その姿はまるで「技術の生々しさ」を肯定しているように感じる。
美しくもない、でも確かに“働いている”内部構造。
人間でいえば、血管や骨のようなものだ。
思い返せば、透明デザインには周期的なブームがある。
iMac G3、ゲームボーイカラー、ミニ四駆のクリアボディ、
どれも内部を“見せる”ことで未来を感じさせてくれた。
技術が成熟したとき、人は再び**「中身を見たくなる」**のだ。
ダイソーのスケルトンTWSも、その流れに連なっている。
高級でもハイテクでもない。
けれど、安価な素材の中に確かに「設計の意志」が見える。
それは、廉価ゆえの開き直りではなく、
“見せられる設計”という誇りに近い。
透明なイヤホンを手に取ると、
僕はふと「機械に魂があるとすれば、それは透明な瞬間に宿るのではないか」と思う。
外側を飾らず、構造をそのまま差し出すとき、
そこには人間が込めた“意図”が直に伝わってくる。
つまり透明とは、
**「技術の言い訳を剥ぎ取ったデザイン」**なのだ。
このイヤホンは、音こそ曇っているが、
設計思想は驚くほどクリアだ。
中身を隠さないこと。
それは“安さ”ではなく“誠実さ”の象徴。
透明な樹脂の中を、
Ainex KM-09の数字が流れていく。
5.03V、0.31A――
たったそれだけの情報が、
この製品の「生きている証」になる。
見せる勇気。
それは、ものづくりの原点にある。
このスケルトンTWSは、
音や装着感で勝負するイヤホンではない。
「技術の姿そのものを見せる」という意思を形にしたアートだ。
第6章:まとめ ――見えることの安心と、見せることの勇気
スケルトン完全ワイヤレスイヤホンを観察してきて、
僕がいちばん強く感じたのは「誠実さ」だった。
音は正直、微妙。
高域の抜けも中域の明瞭さも足りないし、
装着感にいたってはもう少し改良がほしい。
それでも――このイヤホンは、自分の限界を隠さない。
透明というデザインは、まるで自己開示のようだ。
音の弱点も、構造の粗も、すべて見える。
それでもなお、そこに挑戦する意志がある。
この“見せる勇気”こそが、ダイソーというブランドの底力だと思う。
電気が流れる瞬間をKM-09で観察すると、
数字が呼吸のように上下する。
5.03V/0.31Aから、ゆっくりと減少していく。
その単純な動きの中に、
「確かに動いている」という生の証拠があった。
音を聴きながらその数値を眺めると、
まるで透明な体を持つ小さな生命が、
音楽を糧に動いているように見える。
それは、技術が人の感情に寄り添う瞬間だ。
▷ 総合評価
-
デザイン:★★★★★
透明というだけで主張がある。小さな実験装置のような存在感。
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音質:★★☆☆☆
全体に曇りがあり、広がりも浅い。印象としては「籠もったEarPods」。
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装着感:★★☆☆☆
形状が大柄でフィットしにくい。動くとすぐズレそう。
-
操作性:★★★☆☆
基本操作はこなせるが、反応のタイミングにややムラあり。
-
コスパ:★★★★☆
1,100円という価格でこの完成度は十分に健闘。
-
総合:★★★☆☆
音ではなく「構造と意志」を観察するイヤホン。
実験対象としては満点だが、リスニング機としてはあと一歩。
▷ 締めのことば
見えるというのは、安心だ。
けれど、見せるというのは勇気だ。
ダイソーのスケルトンTWSは、
“完璧ではない”という現実をあえて見せながら、
それでも技術の美しさを伝えてくる。
それが、Narita-Labがこの小さなイヤホンを
“観察装置 #002”と呼ぶ理由だ。