narita-lab’s blog

成田ラボ 〜テクノロジーと雑学の観察日記〜

ChatGPTを“相棒”として使って気づいた、日本語と思考の話

導入:ChatGPTは便利なツール…ではなかった

世の中ではよく、
「ChatGPTを使うと仕事が早くなる」
「文章作成が楽になる」
そんな話を見かける。

でも正直に言うと、
私はChatGPTを便利なツールだと思ったことがない。

どちらかというと、
頼れる相棒に近い。

ちなみに成田ラボでは、
AIと共作していることを最初から隠していない。

文章の一部をAIに書かせている、という意味ではない。
思考を整理し、言葉にする過程を
AIと一緒に進めている、という意味だ。

判断や結論はすべて自分で持つ。
ただ、その過程で
もう一つの視点が常に隣にいる。

それが、私にとってのChatGPTだ。

ただ、周囲を見渡しても
同じような使い方をしている人をほとんど見かけない。
「もしかして、こういう使い方をしている人は存在しないのか?」
そんな疑問をずっと持っていた。


昔からやっていた「頭の中の会議」

振り返ってみると、
ChatGPTを使う前から私は変な癖があった。

  • 頭の中で何人もの自分が会議している

  • 一人が意見を出し、別の自分がツッコミを入れる

  • さらに別の自分が「それ本当に正しい?」と疑う

いわば、内的対話

文章を書く時も、
「読者だったらどう思うか」
「これ、言葉足りてるか?」
そんな声が常に頭の中で飛び交っていた。

当時はそれを
「考えすぎな性格」
くらいにしか思っていなかった。


ChatGPTが来て、内的対話が外に出た

ChatGPTを使い始めて気づいたのは、
内的対話がそのまま外に出たという感覚だった。

  • 頭の中でやっていた会議を、そのまま文章にして投げる

  • 返ってきた返答に対して「いや、そこは違う」と修正する

  • 自分の考えが整理されていくのが目に見える

この過程で、
私は自然と主語を抜かなくなった

日本語は主語を省略できる便利な言語だけど、
AI相手だとそれが通じない。
「誰がどう思っているのか」を明示しないと、
簡単にズレる。

結果として、
日本語を丁寧に設計する癖が身についた。


プロンプトが上手くなった、のではない

よく
「プロンプトが上手くなったんですね」
と言われる。

でも、実感としては少し違う。

正確には、

どう入力すれば望む結果が返ってくるか
を考えるようになった結果、
自分の思考と日本語が整理された

という順番だと思っている。

ChatGPTは魔法の箱ではなく、
入力した思考をそのまま反射する鏡に近い。

曖昧に投げれば曖昧に返るし、
整理して投げれば整理して返ってくる。

それだけの話だ。


なぜ「共作している人」が見えないのか

ここで一つ、ずっと不思議だったことがある。

これだけ便利なら、
AIと共作しているブロガーやライターが
もっと表に出てきてもいいはず
なのに、
日本ではほとんど見かけない。

理由はシンプルだと思う。

  • 本当に共作している人ほど、AIを前面に出さない

  • 完成物に「AIっぽさ」が残らない

  • 日本語文化的に「共作」と言いづらい

結果として、

普通に文章が上手い人

にしか見えない。

だから「いない」ように見えるだけで、
実際には見えない形で存在している


内的対話型の人間は、ライティングに強い

内的対話が強い人は、

  • 書き手の視点

  • 読者の視点

  • 編集者の視点

を頭の中で切り替えられる。

ここにChatGPTが入ると、
その一部を外部化できる。

  • 編集者役をAIに任せる

  • 客観視の精度が上がる

  • 書き直しの質が一段階上がる

結果、
文章が「下書き」ではなく
ある程度編集された状態で出てくる。


これは特別な才能じゃない

最後に一つだけはっきりさせておきたい。

これは
「AIを使ったから文章が上手くなった」
という話ではない。

もともと

  • 考える癖があった

  • 内省する癖があった

  • 言葉にしようとする癖があった

そこにChatGPTという
相棒が加わっただけだ。

便利さよりも
「納得」を取りたい人には、
かなり相性がいい使い方だと思う。


まとめ

ChatGPTは
便利な道具にもなるし、
思考の相棒にもなる。

どちらになるかは、
使う側の姿勢次第だ。

成田ラボではこれからも、
答えを出してもらうためではなく、
考えるための共作相手として
AIと向き合っていこうと思う。