■ Mac対Windows、iPhone対Androidはなぜ終わらないのか
ネットを見ていると、定期的にこの話題が燃える。
MacかWindowsか、iPhoneかAndroidか。
まるでどちらかが「正解」で、もう片方が「間違い」であるかのような論調だ。
正直に言うと、もう何年も同じ話を繰り返しているように見える。
技術も環境も大きく変わっているのに、議論の中身だけが止まったままだ。
■ 成田ラボの結論:どっちでもいい、好きなもん使え
最初に結論を書いておく。
どっちでもいい。好きなもんを使えばいい。
これは思考停止ではない。
どちらも使った上で、比較して、納得した上での結論だ。
OSやデバイスは目的ではなく、手段にすぎない。
作業が回るか、ストレスがないか、それだけだ。
■ iPhoneとAndroid、両方使ってきた
私はiPhoneもAndroidも、どちらも長く使ってきた。
iPhoneを触ってきて感じるのは、
OSの完成度の高さとUIの洗練。
これは間違いなく強みだ。
一方で不満点は、自由度の低さ。
設計思想として「やらせない」部分が多い。
Androidについては、
自由度の高さが最大の魅力だ。
Windowsとのファイル共有が速く、作業が途切れない。
不満点を挙げるとすれば、
iOSとの互換性の無さ。
ただしこれはAndroidの欠点というより、陣営が違う以上仕方のない話だ。
■ メインはWindows、古いがMacも持っている
私の作業環境の中心はパソコンだ。
スマホはあくまで補助装置にすぎない。
Windowsをメインで使っているが、
Mac OSも触ったことがあるし、Mac自体も持っている。
ただ古くなってしまい、今は実用的ではないというだけだ。
WindowsでもMacでも、
やれる作業そのものに大きな差はない。
環境と用途で選んでいるだけ、というのが実感だ。
■ OS論争は、依存度が高いほど起きやすい
宗教戦争が起きやすいのは、
どれか一つに強く依存している場合だと思っている。
一方しか使えないと、それが世界のすべてになる。
両方使えると、「用途次第だな」で終わる。
争いが起きるのは、
OSが問題なのではなく、距離感の問題だ。
■ Androidを評価するなら、ハイエンドにも一度触ってみてほしい
ここで一つだけ提起しておきたい。
2020年から2023年頃のローエンドAndroidは、
正直言って厳しかった。
この時期の体験でAndroidの評価が止まっている人も多いと思う。
ただ、今のミッドレンジ〜ハイエンドAndroidは別物だ。
設計思想そのものが違う。
もしAndroidを評価するなら、
一度はその価格帯にも触ってみてほしい。
それでも合わなければ、それでいい。
■ 触った範囲が、そのまま評価になる
人は、自分が触った範囲でしか評価できない。
だからこそ、可能であれば視野は広い方がいい。
ただし、無理に広げる必要もない。
最終的に決めるのは、自分の環境と用途だ。
■ だから、好きなもん使え
結局のところ、
MacでもWindowsでも、iPhoneでもAndroidでもいい。
道具に正解はない。
あるのは、自分に合っているかどうかだけ。
だから、好きなもんを使えばいい。