最近、SHURE AONIC 215のレビューや動画を見ていると、やたらと評価が高いことに気が付く。
「モニターイヤホンとして最高」
「これがプロの音」
「解像度が段違い」
……そんな言葉が並んでいる。
ただ、実際に聴いてみるとどうだろうか。
正直に言うと、音は「普通」だ。
極上でもなければ、感動するような派手さもない。
でも、それはこのイヤホンがダメだからではない。
むしろ逆で、この“普通さ”こそが正しい。
ここで一つ、よく混同されている話をしておきたい。
モニターイヤホンとリファレンスイヤホンは、そもそも役割が違う。
そしてこの違いを理解しないまま評価すると、
「なぜか評価がズレるイヤホン」が生まれる。
SHURE AONIC 215は、まさにその典型だと思っている。
■ モニターイヤホンは「普通」であるべき
まず前提として、モニターイヤホンに求められるのは“気持ちよさ”ではない。
あくまで目的は、音を「正確に把握すること」だ。
例えば、ボーカルが前に出過ぎていないか。
低音が膨らみすぎていないか。
細かいノイズや粗が残っていないか。
そういった“音の状態”を確認するための道具が、モニターイヤホンである。
だからこそ、音を盛ることはしない。
低音を強調して迫力を出すこともなければ、
高音を持ち上げて解像度が高く聴こえるように演出することもない。
すべては、そのまま。ありのままに出す。
結果として、どうなるか。
音は「普通」に聴こえる。
これは決して褒め言葉ではないように聞こえるかもしれないが、
モニターイヤホンにとっては、むしろ最高の評価だ。
“普通に聴こえる”ということは、余計な味付けがされていないということ。
それはつまり、音の判断を誤らないための設計であり、
道具としては極めて正しい在り方だと言える。
■ なぜ“普通=つまらない”と感じるのか
ではなぜ、この“普通さ”がつまらなく感じるのか。
理由はシンプルで、普段聴いているイヤホンが“普通ではない”からだ。
一般的に販売されているイヤホンの多くは、いわゆるリスニング向けにチューニングされている。
低音は少し強めにして迫力を出し、
高音はやや持ち上げて抜けの良さや解像感を演出する。
いわゆる「ドンシャリ」と呼ばれるような味付けも、その一種だ。
こうしたチューニングは、音楽を気持ちよく聴くための工夫であり、
決して悪いものではない。むしろ多くの人にとっては正解だろう。
ただし、その状態に耳が慣れていると話が変わってくる。
味付けされた音に慣れた状態で、モニターイヤホンの“何も足さない音”を聴くと、
どうしても地味に感じてしまう。
派手さがない。刺激が少ない。
言い換えれば、“面白みがない”と感じる。
だが、それはイヤホンの性能が低いからではない。
単に、評価の基準が違っているだけだ。
モニターイヤホンは、楽しませるための音ではなく、
あくまで“確認するための音”を出している。
だからこそ、リスニング用途で評価するとズレが生まれる。
このズレこそが、「普通なのに評価が高い」という違和感の正体だ。
■ モニターイヤホンとリファレンスイヤホンは違う
ここまでの話を踏まえると、一つの疑問が出てくる。
では、音の“基準”になるイヤホンとは何なのか。
モニターイヤホンが基準ではないのか、と。
結論から言うと、それは少し違う。
モニターイヤホンとリファレンスイヤホンは、似ているようで役割がまったく異なる。
まず、モニターイヤホン。
これはあくまで「音を確認するための道具」だ。
録音やミックスの現場で、
音のバランスや粗をチェックするために使われる。
言ってしまえば、“作り手側の視点”のイヤホンだ。
余計な味付けをせず、
良い部分も悪い部分もそのまま出す。
だからこそ、「普通」に聴こえる。
一方で、リファレンスイヤホンは違う。
こちらは「世の中でどう聴こえるか」を確認するための基準だ。
つまり、“聴き手側の視点”のイヤホンになる。
どれだけモニター環境で完璧に仕上げたとしても、
実際に多くの人が使う環境で破綻してしまえば意味がない。
だからこそ、「一般的な再生環境でどう聴こえるか」を確認する必要がある。
この2つは似ているようでいて、向いている方向が真逆だ。
モニターイヤホンは、音を“内側から”見るためのもの。
リファレンスイヤホンは、音を“外側から”見るためのもの。
そしてここを混同すると、
「モニターイヤホンなのに感動しない」
「普通すぎてつまらない」
といった評価のズレが生まれる。
■ 「AirPodsが標準」という現実
では、その“リファレンス”は何になるのか。
ここで少し現実的な話をすると、
今の音楽リスナーの多くは、スマートフォンとワイヤレスイヤホンで音楽を聴いている。
その中でも特に普及しているのが、
AirPodsをはじめとしたワイヤレスイヤホンだ。
つまり、現代において最も多くの人が音楽を聴いている環境は、
スタジオ機材でもなければ、有線の高級イヤホンでもない。
AirPodsのような「手軽に使えるイヤホン」だ。
この事実は、作り手側にとって無視できない。
どれだけモニター環境で完璧に仕上げた音でも、
AirPodsで聴いたときにバランスが崩れてしまえば、それは“完成”とは言えない。
だからこそ、
「AirPodsで聴いて破綻しないか」
という視点が、実際の制作現場でも重要になっている。
ここで重要なのは、
リファレンスが必ずしも“高音質な機材”である必要はない、ということだ。
むしろ逆で、
多くの人が使っている環境こそが、最も現実的な基準になる。
ハイエンドな機材でどれだけ綺麗に鳴っても、
一般的な再生環境で違和感が出てしまえば意味がない。
音楽は“誰かに聴かれて初めて成立するもの”だからだ。
■ 成田ラボの基準音について
自分の中でのリファレンスは、水月雨の蘭2 REFを使っている。
いわゆるモニター用途とは少し違い、
「自分にとっての基準の音」として扱っているイヤホンだ。
このイヤホンで聴いたときに、
低音が出過ぎていないか。
ボーカルが引っ込みすぎていないか。
高音が刺さらないか。
そういった“ズレ”を判断するための軸になっている。
ただし、それだけでは片手落ちだとも思っている。
どれだけ自分の基準で問題がなくても、
実際のリスナー環境で違和感が出てしまえば意味がない。
そこで、もう一つの基準として使っているのが、
AirPods Pro (2nd generation)だ。
普段使いという意味合いもあるが、
それ以上に「現実の再生環境」としての確認用途が大きい。
このイヤホンで聴いたときに違和感がないか。
音が崩れていないか。
バランスがおかしくなっていないか。
そういった視点でもチェックするようにしている。
言い換えれば、
蘭2は“理想の基準”。
AirPodsは“現実の基準”。
リファレンスというのは、スペックや価格で決まるものではない。
自分の中で「ここを基準にする」と決めた音があるかどうか。
それがすべてだと思っている。
■ SHURE AONIC 215の評価を整理する
ここまでの話を踏まえると、
SHURE AONIC 215の評価も見え方が変わってくる。
このイヤホンの音は「普通」だ。
派手さはないし、感動するようなチューニングでもない。
いわゆる“楽しい音”を求めると、物足りなさを感じる人も多いだろう。
だが、それは欠点ではない。
むしろ、モニターイヤホンとして見れば極めて正しい。
余計な味付けをせず、
音をそのまま出す。
だからこそ、「普通」に聴こえる。
問題は、このイヤホンを“どの基準で評価するか”だ。
リスニング用途のイヤホンと同じ軸で評価すれば、
「つまらない」「地味」と感じるのは当然だろう。
しかし、モニターイヤホンとして見れば話は別だ。
“普通に聴こえる”ということ自体が、性能の証明になる。
つまり、
SHURE AONIC 215は「特別に良いイヤホン」ではない。
同時に、「ダメなイヤホン」でもない。
ただ、役割通りに正しく作られたイヤホンだ。
■ 結論
モニターイヤホンとリファレンスイヤホンは、似ているようでまったく別物だ。
モニターは音を“確認するため”の道具。
リファレンスは音を“現実でどう聴こえるか”を確かめる基準。
この違いを理解しないまま評価すると、
イヤホンの良し悪しは簡単にズレる。
SHURE AONIC 215は、確かに「普通の音」だ。
だがその“普通さ”は、欠点ではない。
役割通りに設計された、正しい音だ。
重要なのは、その「普通」をどう使うかだと思っている。
楽しむための音なのか。
確認するための音なのか。
それとも、現実の基準としての音なのか。
イヤホンの価値は、スペックや価格では決まらない。
どの基準で、どう使うか。
それがすべてだ。