自転車屋という場所は、なぜか雑談が多い。
しかもその内容は、だいたいオタク寄りの話になる。
機械、音楽、アニメ、昔話。
ジャンルだけ見れば、わりと話が合いそうなメンツだ。
ただ——ここで一つ問題がある。
同じオタク同士でも、話が噛み合わないことがある。
理由はシンプルで、年代が違いすぎるからだ。
自分は30代。
対して先輩たちは50代。
この差は、思っている以上に大きい。
ミニ四駆の話が噛み合わない
ミニ四駆の話をした時も、同じようなことがあった。
今のミニ四駆の話をしていて、ローラーの話を出した時のことだ。
「……ローラー?」
という反応が返ってきた。
どうやら、そこからして違うらしい。
四駆郎世代にとってのミニ四駆には、
今みたいな「コースを走らせるためのローラー」という概念がそもそも無い。
そこから、現代のミニ四駆の話をする。
専用のコースがあって、レギュレーションが決まっていて、
その中でいかに速く走らせるかを競う競技になっていること。
話せば話すほど、反応はこうなる。
「なにそれ」
そりゃそうだと思う。
当時のミニ四駆は、言ってしまえば「ラジコンを小さくしたようなもの」だった。
対して今のミニ四駆は、完全にスピードを競う競技として成立している。
同じ“ミニ四駆”という名前でも、
やっていることはほとんど別物だ。
これが、世代の違いというやつなんだろう。
同じ単語でも中身が違う
こういうズレは、ミニ四駆に限った話じゃない。
同じ単語を使っていても、前提になっているものが違う。
見てきたものも、触れてきた文化も違う。
だから、会話は成立しているようで、微妙に噛み合わない。
言葉は通じているのに、話が通じていない。
そんな感覚になる。
宇宙戦艦ヤマトもズレる
宇宙戦艦ヤマトの話も、似たようなことが起きる。
先輩たちにとってのヤマトは、放送当時のあの作品だ。
リアルタイムで観ていた世代の話には、どうしても熱がある。
一方で、自分もヤマトを知らないわけではない。
アニマックスで再放送されていたものは観ていたし、作品自体は理解しているつもりだ。
ただ——基準が違う。
自分の中で印象が強いのは、どちらかと言えばリメイク版の方だ。
映像も新しいし、テンポも現代的で、そっちの方が馴染みやすい。
だから話はできる。
でも、どこか微妙に噛み合わない。
同じ「宇宙戦艦ヤマト」という言葉を使っているのに、
見ているものが少しずつ違う。
これが地味にややこしい。
それでも会話は成立する
とはいえ、不思議なことに会話が成立しないわけではない。
細かい部分ではズレているし、前提も違う。
それでも、なんとなく話は続く。
お互いに「多分こういうことを言っているんだろう」と補完しながら、
雑談としては成立している。
むしろ、完全に同じ前提で話すよりも、
少しズレているくらいの方が面白いとすら感じる。
理解しているようで、少しだけ理解していない。
そのくらいの距離感が、ちょうどいいのかもしれない。
自転車屋の生態としての結論
結局のところ、話が噛み合わないのは当たり前なのかもしれない。
見てきたものが違うし、触れてきた文化も違う。
同じ単語を使っていても、中身は別物だ。
だからズレる。
でも、それでいい。
今のやり方も、昔のやり方も、どっちも間違いじゃない。
ただ違うだけだ。
そしてその違いがあるからこそ、話していて面白いのかもしれない。
まあ、噛み合ってないんだけどな。
まとめ
世代が違うと、前提が違う。
同じものを見ているつもりでも、
実際には少し違うものを見ている。
それでも会話はできるし、
むしろそのズレがあるからこそ、雑談は面白くなる。
自転車屋という場所は、
そういう“ズレた会話”が普通に転がっている場所だ。